home >塩せんべいの歩み

塩せんべいとの出会い

私の親父が塩せんべいと出会ったのは昭和29年(1954年)終戦後間もない時期でした。那覇市の国際通りから平和通りを抜け、浮島通りあたりを目的もなくブラついていると、突然その一帯から何とも言えぬ香ばしい匂いが漂ってきたそうです。
その匂いの元は軍払い下げテントで作った掘っ立て小屋でした。中では七輪で木炭を燃やし、クバの葉で出来た団扇でパタパタと風を送りながら何かを作っている様子でした。それはちょうど、タイ焼き器のように鉄板2枚を重ね合わせる格好で、片方を銅線でグルグル巻いて固定し、もう片方を手で上手に動かしながら、粉のようなものを入れて加熱していました。しばらくすると鉄板からはシューシューと音がして、先程の香ばしい匂いのせんべいが焼きあがっていました。あまりにも面白い光景だったので、親父がしばらくジッと見ていると、作っていたおばさんが「食べてみるか?」と割れたせんべいの端くれをくれました。あの時、生まれて初めて食べたせんべいこそが、今の「なかぐすく塩せんべい」の原点でした。

初代なかぐすく塩せんべいの誕生

1997年親父は自身の退職を契機に、若い頃に食べ、ずっと忘れられなかったあの「塩せんべい」を作る決意をしました。 世界遺産のある中城(なかぐすく)城址からほど近い自宅の6畳間を改造し、夫婦で夜を徹して試行錯誤を繰り返し、2年の歳月を過ぎた頃、ようやく「なかぐすく塩せんべい」の原型ができあがりました。できあがった塩せんべいはクチコミでとても人気となり、すぐに生産が追いつかなくなりました。そして創業5年目に今の場所へ工場を移転しました。

二代目の息子が親父の塩せんべいを受け継ぐ

当時、機械1台と家族だけでスタートした塩せんべい作りも、今では4台の塩せんべい焼き機と工場のスタッフで汗を流しながら一生懸命作っています。親父と塩せんべいの出会いがなければ、親父も塩せんべいを作ることはなかったでしょう。今があるのは塩せんべいとの出会いをくれた当時の思い出のおかげです。そして、支えてくれた周りの方々や職場のスタッフ、また塩せんべいを息子とともに子供のように育ててくれた両親に感謝し、その味を2代目の私が守っていきます。